ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が見通す宇宙のはじまり【YLC】【柏野大地先生】
~はるか遠い世界、はるか過去の世界で何が起きていたのか?
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が見通す宇宙のはじまり
ふと夜空の月を見上げたとき、私たちは約1.3秒前の過去の姿を見ています。月から地球の距離は約38万キロメートル。月を出発した光が届くのに、約1.3秒の時間がかかります。遠くを見れば見るほど、私たちは過去の世界を見ていることになります。
いま、最新式の望遠鏡が月よりもはるかに遠い宇宙空間を飛んでいます。2022年7月に科学観測を開始したジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)。光の速さでも130億年以上かかるような、はるかに遠く、はるか過去の、宇宙が誕生して間もないころの天体を観測することができます。この望遠鏡は私たちの知識や世界観をどのように更新していくのでしょうか。名古屋大学理学研究科/高等研究院YLC特任助教の柏野大地さんが所属する研究チームは、JWSTを用いて深宇宙の観測を行い、全宇宙規模で起こった大転換について重要な知見を得ることに成功しました。
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(NASAのWEBサイト(https://science.nasa.gov/get-involved/toolkits/spacecraft-icons)より引用)
●透明な宇宙への大転換―宇宙再電離はどのように進んだのか
138億年前、宇宙は誕生しました。宇宙初期、その空間は不透明でした。星や銀河の間にある水素ガスによって、光が阻まれていたからです。しかし、10億年の間になぜか水素ガスは電子を弾かれた状態、つまり電離した状態となりました。光が自由に行き来できるようになり、宇宙空間は完全に透明になったのです。この10億年の間に、いったい何がどのように水素ガスを電離させたのでしょうか?研究チームはJWSTを用いて遠方宇宙の観測を行い、その理由−若い銀河たちが紫外線を放ち、周りの水素ガスを熱し、電離させることで、宇宙を透明にしたことを突き止めたのです。
これまで多くの研究者が、この「宇宙再電離」として知られる劇的な変化の原因を探し求めてきました。それはおそらく銀河なのだろうと考えられてはいましたが、決定的な証拠が欠けていたのです。
「これまでは何となくしかわかっていないことが多くありました。それをハッキリ観測することができた、というのは大きいですね。JWSTの観測によって、私たちは再電離が起きているまさにその現場を見ることができました」
また、これまで排除できないでいた、異なるタイプの天体や未知の粒子崩壊など未知の物理過程が原因であるといった可能性も、今回の成果によりさらに低くなりました。
名古屋大学理学研究科/高等研究院YLC特任助教の柏野大地さん
●決定的な証拠をつかめ!銀河探査と銀河間“ガス”探査の合わせ技
研究チームは、透明度の異なる状態のガスが混在するような、宇宙再電離時代の末期を狙って調査を行いました。これまで積み重ねられてきた地上の大型望遠鏡による精密な観測情報を頼りに、遠方宇宙にあるクエーサーという非常に明るい活動的な超巨大ブラックホール天体の方向にJWSTを向けました。クエーサーは、巨大な懐中電灯のような役割を果たし、私たちとクエーサーの間のガスで何が起こっているかを照らし出すのです。
不透明なガスと透明なガスのパッチワークを想像してみましょう。クエーサーの光は、さまざまなガスのパッチを通過するなかで、吸収されたり、されなかったりしながら私たちの方にやってきます。クエーサーの光を分光し、波長ごとの強度を解析することで、私たちとクエーサーを結ぶ長い直線(視線)上で、どこが透明でどこが不透明だったのかがわかります。
チームは今回 J0100+2802と名付けられたクエーサーの視線周りで宇宙再電離時代の銀河を特定しました。そして、ビッグバン後約9.5億年前後ではそれらの銀河が透明な“泡”のような電離領域に囲まれていることを示したのです。透明な泡の半径は約250万光年、私たちの地球がある天の川銀河とお隣のアンドロメダ銀河との距離と同程度です。また、そこからさらに1億年程度経つと、この透明領域はさらに広がり、合体することで、個々の泡の影響が見えなくなることも示しました。まさに人類が追い求めていた宇宙再電離の過程、そのベールが剥がされたのです。
実際の観測において、今回ほど明瞭な結果が出るのは珍しいそうです。「二重の意味で、期待以上だった」と柏野さんは話します。
「一つ目は、JWSTの感度が想定よりも良かったことです。二つ目は、思ったよりも銀河が明るく光っていたということです。装置も宇宙も過小評価していたということです。すごく感動しましたね」
【論文内容のぞき見!】
論文「EIGER I. A Large Sample of [O III]-Emitting Galaxies at 5.3 < z < 6.9 and Direct Evidence for Local Reionization by Galaxies」(柏野ら, 2023年6月12日The Astrophysical Journal掲載)よりFigure1を抜粋。JWST近赤外線カメラ (NIRCam) によって撮影された擬似カラー画像。1.1μm, 2.0μm, 3.6μmの3波長域をそれぞれ青、緑、赤に対応させている。縦軸、横軸はそれぞれ中心に据えたクエーサーからどれくらい視野角度が離れているかを表す。赤枠、青枠は2つのNIRCamの検出モジュールそれぞれの対象エリアを表す。縦軸0、横軸0の位置に、今回ガスの”探針”として用いたクエーサーJ0100+2802があるのがわかるだろうか。この領域には2万を超える銀河が写っており、いかに宇宙が銀河に満たされた世界であるかがわかる。
論文「EIGER I. A Large Sample of [O III]-Emitting Galaxies at 5.3 < z < 6.9 and Direct Evidence for Local Reionization by Galaxies」(柏野ら, 2023年6月12日The Astrophysical Journal掲載)よりFigure7を抜粋。本研究で着目する赤方偏移5.3<z<6.9 (127億年前から130億年前) の範囲に同定された銀河の天球面上分布。縦軸、横軸は上図と同じ。それぞれのマークの大きさは、銀河の検出に使用した[O III]輝線という特徴的な光の強度を表す。丸のマークはそれぞれ、我々から見てクエーサーより手前の銀河は薄青色、後ろの銀河は桃色の丸で表している。また特に3色の四角のマークはそれぞれ、ほぼ同じ赤方偏移に見つかった銀河のグループを表している。その中でも青緑色の四角マークは、視野の中心に据えたクエーサーと同じ赤方偏移にある銀河群、赤色の四角マークはそれよりも遠方、青色の四角マークはそれよりも前方に位置している。
論文「EIGER I. A Large Sample of [O III]-Emitting Galaxies at 5.3 < z < 6.9 and Direct Evidence for Local Reionization by Galaxies」(柏野ら, 2023年6月12日The Astrophysical Journal掲載)よりFigure12を抜粋。横軸には、各領域内における銀河からの距離を示した。縦軸には、平均的な光の透過割合を表す(上半分は対数グラフ、下半分は線形グラフ)。縦軸方向に値が高いほど、中性の水素ガスが少ないということである。グラフ中のzは赤方偏移という値の大きさを表すが、ここでは宇宙の年齢と読み替えるとわかりやすい。赤色の折れ線 (129億年前)、青色の折れ線 (128億年前)、紫色の折れ線 (127億年前) の順番に時間が進む(言い換えれば、この順に地球からの距離がより遠い領域となる)。赤色は今回中心に据えたクエーサーに近い領域の結果を示す。最も過去であるこの時代には一般的に宇宙空間に中性ガスが多く存在し、透過率は非常に低くなる。しかし、この特別にクエーサーに近い領域では、クエーサーの強い光によってガスが電離されるため透過率が高い。青色で示す時代では、(中心に据えたクエーサーの影響はなくなり)宇宙全体の中性度がまだ高く全体的に透過率が低い。しかし、5-6cMpcのあたりで透過率が高くなっている。このシグナルが今回の成果の肝であり、銀河の周囲で選択的にガスの透明度が高い、すなわち銀河が周囲のガスを電離していることを示している。距離rが小さなところで透過率が低いのは、銀河周囲のガス密度が高いためと考えられる。さらに時代が降ると、紫色が示すように、銀河から離れるほど透過率が単調に高くなっていく。宇宙全体がほとんど電離されるが、銀河の周囲ではガス密度が高いために光の吸収が強くなっているのである。
リンク集
●研究に関するプレスリリースはこちらをご覧ください!
https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/2023/06/post-517.html
●For the English press release on the study, please click here!
https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result-en/2023/06/20230613-01.html
●学術研究・産学官連携推進本部の公式noteで柏野先生へのインタビューが取り上げられました!
https://note.com/nagoya_ura/n/n63b3b31b5f89
●JWSTを運営するSTScI(Space Telescope Science Institute)により研究結果が取り上げられました!
https://www.webbtelescope.org/contents/news-releases/2023/news-2023-122
●当記事でとりあげた論文原本と、関連論文はこちらをご覧ください!
・Kashino et al. EIGER I: https://iopscience.iop.org/article/10.3847/1538-4357/acc588
・Matthee et al. EIGER II: https://iopscience.iop.org/article/10.3847/1538-4357/acc846
・Eilers et al. EIGER III: https://iopscience.iop.org/article/10.3847/1538-4357/acd776
(文・綾塚達郎)