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【ロボット工学】【福田 敏男 氏】好奇心と人の繋がりが紡ぐ研究開発―ロボットの発展と人との共生を目指して

2023.03.23

福田 敏男
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2020年、電気・電子技術に関する最大級の国際学会・IEEE(アイトリプルイー:Institute of Electrical and Electronics Engineers)の会長に日本人で初めて就任。さらに現在、内閣府が主導する「ムーンショット型研究開発制度」の目標3の構想ディレクターを務め、人とロボットが共生する未来を描く。マルチスケールロボティクスを提唱するなど、幅広い研究テーマを持つ。主宰する研究室からは現在までに105名の博士号取得者を輩出した。専門はロボット工学。
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●マルチスケールロボティクスの展開を可能にする好奇心と物理法則の共通性

ゆく川のながれは絶えずして、しかも、もとの水にあらず

淀みに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし

 鴨長明による方丈記の一節。福田さんが好きな言葉の一つであり、連綿とつながる福田さんの研究開発を表すような言葉だ。「一年でもとどまれば、それは過去のものになります」と話す福田さんの研究をたどると、配管検査ロボットや、群をなす自律分散型ロボット「CEBOT」、テナガザルのような動きをする「ブラキエーションロボット」など枚挙にいとまがない。ナノスケールからマクロスケールまで、垂直に研究開発を展開するマルチスケールロボティクスの考え方のもと、これまで数多くの技術やロボットを開発してきた。

 こうした研究開発の原動力は何だろうか。そのエッセンスの一部は、1980年代に着手したマイクログリッパーの開発エピソードに見て取れる。マイクロサイズの物体を掴むことを可能にした繊細な技術で、当時、画期的なアイデアとして注目された。

「趣味の世界から始まりました。小さいものを掴みたいという興味です」

 ある日の昼休み、福田さんは公園のお堀でボートを漕いでいた。ふと水面をのぞき込むと、ボウフラをはじめとした小さな生き物がたくさんいる。コップで水を掬い研究室に持ち帰ると、早速顕微鏡で覗いてみた。そこにはツリガネムシをはじめたくさんの生物がいることに気づく。「掴みたい」と咄嗟に思ったものの、当然指もピンセットもプレパラートには入らない。どうにかして掴めないものかと、このとき思案したのが新しい開発の始まりだった。

 小さいものを掴むうえで欠かせないのが、少ししか動かない力。モーターでは大きく動きすぎてうまく掴めない。ピエゾ(圧電素子)という動力源があることを聞き及んだが、当時は高価で入手困難だった。そのような中、先輩の伝手をたどり、別のマイクロ技術を用いた小型アクチュエーター(エネルギーを動力に変える機構)の試作品が開発されたことを知った。早速、その研究者のもとへ足を運ぶ。ありがたいことに、20個ほど分けてもらうことができたそうだ。この小型アクチュエーターが動かせる幅はわずか4マイクロメートル。てこの原理を組み合わせ、その幅を40マイクロメートル、400マイクロメートルと調整を可能にした。こうして、当時世界でもっとも小さいものを掴むことができるマイクログリッパーが誕生した。

 これを起点とした研究開発は多岐にわたる。先端にセンサーを取り付けることで、掴むのとは逆に、物体が縮む幅や物体の柔らかさを計測することができた。たとえば細胞1つを操作し、物理的な刺激を正確に与えるようなことも可能になる。やがて共同研究の話も舞い込むようになり、真空条件で使用可能なマイクログリッパーの開発や、血管の中を動くマイクロカテーテルへの応用などへも後につながっていった。

 また、福田さんはこうした応用可能性について次のように話す。

「マイクログリッパーを改良する際、たとえばアクチュエーターについては、それまで扱ったことのなかった形状記憶合金やポリマー素材、油圧など様々なものを検討しました。そのすべては基本的な物理現象に則っています。別の研究分野で扱っていたとしても、みんな一緒。たとえ他で役に立たなかったとしても、自分の分野では役に立つということがよくあります」

 小さなものを掴みたいという純粋な好奇心、これを諦めずに育てた結果、マイクロスケールの新しい技術分野が花開いた。そして、物理法則の共通性がハブとなり、別分野への応用が進んでいく。この一連の流れこそが、アイデアが淀みなく繋がる原動力の一つではなかろうか。

●人の繋がりが生み出した新しい研究世界

 もちろん、アイデアは内なる好奇心から生まれるだけではない。研究開発のきっかけは人との繋がりの中で生まれることもたくさんあったそうだ。その一例がカーボンナノチューブの加工技術の開発。名古屋大学のナノカーボン研究第一人者、齋藤弥八氏、篠原久典氏に話を聞くなどして、カーボンナノチューブの存在を知った。

 「カーボンナノチューブの研究者は、その物性などの正体を明らかにすることに注目していました。一方で、私の興味はどう加工するか、というところにありました」

  福田さんにとって、電子顕微鏡は観察装置ではなく実験装置だった。1990年代後半、研究開発への着手が始まった。電子顕微鏡内の狭い空間でもよく動くナノロボットマニピュレータの開発、電子顕微鏡自体の改良、酸素ガスを利用した加工法の開発などと研究は続き、やがてナノサイズにおける計測、素材の加工と組立てが可能となった。

 また当時、こうした画期的な成果の発表の場がなかった。そこで福田さんは自ら動き、2002年にはIEEEの中にNanotechnology council という新たな発表および議論の場を設立した。ロボット研究の立場から行うナノテクノロジーの研究領域を一から開拓した。

 「新しい分野が世界に認められるようになり、一時期は研究室に入りきらないほど学生や研究者が集まってくれました。研究に対してポジティブフィードバックがかかっていく毎日。本当に楽しい時間でした」

●人とロボットが共生するために、人とロボットが学び合う関係性をつくる

 これからのロボットやその技術の開発はどのように展開されていくだろうか。そして私たち人間社会とどのように溶け合っていくのだろうか。

 現在、福田さんが構想ディレクターを務めるムーンショット型研究開発制度・目標3においては、2050年までに今までにない新しいAIロボットを開発することを目標としている。たとえば、行ったことのない場所でも自律的に学習、判断し、環境適応するようなロボット。月や災害現場など、人が直接立ち入れない場所でも活躍するだろう。他にも、人の感性や倫理観を理解し、人と一緒に成長するようなロボットも挙げられる。開発におけるキーワードは、「共進化」と「自己組織化」。「AI 技術とロボット技術が連携して自ら性能を向上させる技術」や、「自分自身の知識や機能を自己的に改変する AI 技術とロボット技術」が開発の鍵となる。

 もちろん、開発と社会への応用までには多くの難題を乗り越えなければならない。たとえばAIロボットの導入には倫理的な問題も付きまとう。この問題を考えるきっかけとして、アイザック・アシモフのSF小説「われはロボット(1)」の冒頭に出てくる「ロボット工学の三原則」を引用したい。

 第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。

第二条 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りではない。

第三条 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。

  自律的に動くロボットが人間と共生するために必要な原則としてまとめられている。さて、これをどのようにロボットに書き込み、実行させればよいだろうか。

 まず、技術面の現状として、この三原則をすべての制御の根幹に書き込むことや、改ざんから守るような技術が足りない。また、ロボットは人間にとっての“危害”を正しく認識できるだろうか。そもそも、その“危害”というものは何か、人間自身が定義できていないのではないか。このように、技術面に加え、私たち人間が、自分たちの暮らしや命を守ることと深く向き合わなければ解決しない問題も含んでいる。

 「人とロボットの共生のためには、両者のバランスがとれていることが重要です。ハード面やソフト面など様々な観点がありますが、一部でもシンメトリック(対称性)になるべきだと思います。人はロボットを賢くする。人もロボットから学ぶ。クロスラーニングの関係性を作る必要があると思います」

 AIロボットの研究開発も、そして私たちの社会も川の流れのように変わり続ける。こうした変化を最初から否定せず、一つ一つ課題をクリアした先に面白い未来があると、福田さんの表情と言葉一つひとつが力強く物語っていた。

(1)『われはロボット 決定版』
アイザック・アシモフ(著) / 小尾芙佐(訳) / 株式会社早川書房 / 刊行日:2004年8月6日

(取材・文:綾塚達郎, 取材日:2022年9月13日)