森郁恵教授が受賞 女性科学者を顕彰する「猿橋賞」
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「女性科学者に明るい未来の会」(会長・古在由秀県立ぐんま天文台長)は平成18年4月25日、自然科学分野で優れた業績を上げた女性科学者を顕彰する「猿橋賞」(第26回)を高等研究院の元教員森郁恵(大学院理学研究科教授、平成15年度研究プロジェクト採択)に贈ると発表しました。森教授は「学生のころ、自伝を読んだことのある猿橋先生の賞をいただけて、大変光栄です」と喜びを語られました。授賞式は5月27日、東京都千代田区の東海大学校友会館で開催されました。
今回、森教授の「感覚と学習行動の遺伝学的研究」に関わる研究成果が評価されての受賞となりました。ヒトの脳は約1000億個の神経細胞でできています。記憶・学習、情動、認識といった複雑な脳のはたらきはそれらの神経細胞の回路網に依存しています。脳のはたらきを理解するためには多面的に神経研究を行うことが必要であり、統合的に脳機能を理解することが重要です。森教授は1mmという小さな線虫(Caenorhabditis eleganse)をモデル生物として用いて記憶と学習の神経メカニズムを世界に先駆けて研究し、多数の優れた研究成果をあげました。線虫は、餌のある条件で培養してから餌の無い温度勾配の場に移されると、先程まで餌のあった培養温度に集まる温度走性を示します。すなわち、温度と餌条件を記憶・学習します。線虫の神経系が302個の神経細胞からできていることと、それらの結合パターンが解剖学的に分かっていることに着目し、森教授は、記憶と学習が支配するこの温度走性について、脳機能の理解に不可欠な神経回路動態の解析に焦点を当て、温度走性の神経回路モデルを提唱しました。このモデルは、動物の学習に結びつく神経回路として全生物を通じて最初に決定されたもので、現在、味覚や嗅覚、視覚などの感覚や動物行動に関する多くの教科書や専門書に引用されている重要な成果です。
また森教授は、分子生物学的な手法を導入し、温度走性に異常を示す突然変異体の解析から、温度走性に関与するシグナル伝達経路や、神経回路機能の鍵となる分子を発見しました。神経回路の機能が、刺激の種類や強さに応じてどのように変化するのかを分子レベルで理解することは、現在の脳神経研究における最も重要な課題の一つと考えられています。この観点から森教授は、最近、神経細胞の活動に応じて異なる波長の蛍光を発するカメレオンと呼ばれるモニター分子を用いて、温度走性の神経回路を構成する神経細胞のイメージングにも成功しています。また、詳細な行動解析をおこない、温度走性が記憶に支配されていること、また、餌のあった温度に集まるだけではなく、餌の無い温度からは逆に遠ざかるという行動が、餌や温度との連合学習によって成立することなども実験的に明らかにしました。
これら一連の研究は、線虫の分野に留まらず、感覚や学習行動の分子神経遺伝学的な研究としても国際的に見て高く認知されており、森先生は今後もめざましくの活躍の場を広げられると予想されます。古くからモデル生物として脚光を浴びてきた線虫ですが、日本の代表的な線虫研究者として先導的な役割を果たし、独自の研究分野を切り拓いてきた森教授の功績は絶大だと国内外で評されています。2004年度の高等研究院フォーラムと第12回高等研究院セミナーでもこの研究についてご説明いただきました。先生の今後の益々のご活躍と研究のご発展を心からお祈り申し上げます。(平成18年4月26日(水)の日経、朝日、読売等に関連記事あり)
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