講演概要
講師
演題・要旨
林 秀弥 「公正な競争」とは何か

競争メカニズムに期待される古典的な機能は、第一に、ライフ・チャンスを自己責任で自律的に追求する機会を提供する機能であり、第二に、実現される資源配分の効率性を保障する制度的仕組みとしての機能であり、第三に、生産性とは直結しない理由による差別を排除して、手続き的に衡平な処遇を担保する機能である。本セミナーでは、かような競争の古典的機能を「公正」という角度から再検討してみたい。

長澤 寛道 東京大学大学院農学生命科学研究科における安全衛生活動について

国立大学が法人化して以来、法人として安全衛生に関して厳しい法的な規制を受けることになった。東京大学では、新たに環境安全本部が作られ、部局にもそれに対応する安全衛生管理室が設置された。本研究科では、この間さまざまな問題が発生し、それに対処するとともに、問題が発生しないように改善策を施し、安全衛生活動を行ってきた。本セミナーでは、具体的な例を挙げながら、安全衛生管理室活動の内容を紹介する。

山口 茂弘 化学から未来エレクトロニクスに挑む

有機トランジスタや有機太陽電池などの有機エレクトロニクスや単分子スケールで動作する分子エレクトロニクスは,未来エレクトロニクス技術として大いに期待される。本講演では,その主役となる材料の開発を目指した合成化学研究について述べる。

戸田山 和久 研究者倫理の哲学的基礎
研究者倫理の哲学的基礎づけとしては、普遍的倫理への還元主義、功利主義のいずれも不十分であることを示し、徳倫理の立場からの基礎づけを与える。
門松 健治 脊髄損傷は治せるか?

脊髄損傷代表される中枢神経傷害では神経軸索再生不全のために重篤後遺症が残る。その機構実態が少しずつ明らかになってきてはいるが、治療に繋がる切り札が未だ見つからないのが現状である。我々は長大糖鎖であるケラタン硫酸キーワードにこの課題に取り組み、前途にわずかながら光を見出した。

山崎 茂明 科学者の不正行為―その背景と防止策

科学界に現れた不正行為事件を考えると、成果主義や市場化に席巻された大学を中心としたアカデミックリサーチの苦痛が示されている。不正行為は疾病であり、誰でもが罹患する可能性がある。治療は、研究環境の改善を第一とした公衆衛生学的なアプローチにあり、研究倫理教育からメンター制度など教育機能の強化がポイントである。いくつかの事例を提示し、公正な科学研究を発展させるための方策を討議したい。

多和田 眞 現代国際貿易理論の展開
国際貿易理論の中心的テーマである国際分業と貿易利益の分析は長い間、リカードやヘクシャー=オリーンの比較優位論の展開に費やされてきた。このような比較優位論から最近の国際貿易の理論的研究がどのような発展を遂げてきているか、また今後の研究の展望について論じたい。
奥地 拓生 惑星からの手紙 〜高圧の氷の科学〜
宇宙に最も大量に存在する固体は氷です。宇宙で氷から惑星がつくられるとき、そこには高温、超高圧を含む多様な外場条件が存在します。そのとき、ただの氷が実に多様で興味深い性質を示すことを、NMRや中性子などの最新の実験技術を使って発見しつつあります。その一部を紹介します。
磯部 稔 有機合成化学からケムバイオケム- - -全合成から活性発現分子機構解明に向けて- - -

有機合成の目的はきわめて多様的である。ライフサイエンス分野に接するケミカルバイオロジーでは、適切な化合物群を活用して生理活性発現の謎解きを目的としている。両分野は、大学院教育的には本来大きな2本柱となっており、近年急速にその境界領域として発展を続けてきた。演者らは、構造の複雑な天然物全合成研究を推進している。さらに、これを背景として必要分子を設計し、活性発現の第1標的となるタンパク質との相互作用解析に対する新方法論を確立するべく、研究を進めている。いくつかの課題を例として、その最新例を紹介する。

近藤 滋 動物の模様は色素細胞の相互作用が作る波である

動物の形態形成を正確に行うためには、それぞれの細胞が胚における自分の位置を正しく知っている必要がある。そのための位置情報は何処から来るのであろうか?
われわれの研究グループでは、チューリングパターンの生物体での存在証明を目指して、魚類の縞模様形成原理を研究しており、分子レベルの証明の一歩手前まで来ているが、完了するにはもう少し時間がかかりそうである。この講演では、ゼブラフィッシュの縞模様を使った分子レベルでのTuring patternの存在証明について、現状、問題点などを紹介し、議論したい。

上村 大輔  海洋生物に『くすり』を求めて
光り輝く海に限りない魅力を感じるのは私だけではないでしょう。海は生命の源、あるいは命の揺りかごであり地球上のすべての生物にとっての宝物です。
 さて、自然科学者にとって未知なる深遠な謎を含む海には解き明かさねばならない研究対象があります。地球科学的な大きな規模での展開もありますが、私たちのような化学者にとっても、生物資源、化合物資源としての海には大きな期待を寄せています。数十億年の時間をかけて磨き上げられた美しい有機化合物の宝庫としてみた時、化学者の探究心が大いにかき立てられるのです。「クラゲやシラスはなぜ日焼けしないのか」、「オニヒトデは何故サンゴが好きか」、「サンゴの白化現象とは」など多くの疑問が次々とわき上がります。このような疑問にお答えしながら海の生物からの贈り物『薬となりうる有機化合物』について私達の研究を中心にご紹介致しましょう。
 できる限り多くの生物写真を交えながら、最新の天然物化学やケミカルバイオロジー(化学生物学)の世界へと皆さんを誘いたいと思っています。
松澤 和宏 草稿を通して浮上する新しいソシュール像について
ソシュールは、現代言語学や構造主義、記号論の始祖として知られています。しかし彼の主著と見なされてきた『一般言語学講義』は、ソシュールの手による著作ではなく、弟子たちが残された草稿や学生の聴講ノートをもとに執筆した書物であり、厳密に言えば弟子たちの編著書です。問題は、ソシュールが1890年代前半に構想していたことが確かな「書物」の刊行を何故に生前断念放棄してしまったのか、という点にあります。彼の遺した膨大な草稿群から浮上してくる新しいソシュール像とはいかなるものか、その一端を、彼の1891年のジュネーブ大学就任講演の草稿を読み解きながら、時間と空間の座標軸から逃れてしまう言語ラ・ラング(la langue)という新たな概念の誕生過程に迫りたいと思います。
吉村 崇 動物たちが季節を感知する仕組みを探る
動物たちは渡りや繁殖などの営みを毎年決まった時期に正確に繰りかえすことで巧みに困難な季節を乗り切っています。最近の研究で動物たちが季節を感じとっている仕組みが少しずつわかってきたので、その戦略について紹介します。
水谷 孝 ナノ構造の上に拓く新デバイスの世界
現代の情報化社会はデバイスの微細化・高性能化とともに発展してきた。そのデバイスの寸法はナノメートルに及ぼうとしている。このようなナノメートルの世界では電子は粒子と波の性質を併せ持ち、これまでとはまったく違った新しい概念のデバイスの創製が期待できる。本セミナーではこのようなナノ構造を用いた新デバイスについて、われわれのグルー プが研究しているカーボンナノチューブデバイス、共鳴トンネルデバイス、ヘテロ構造デバイスについてその概要を紹介する。
石浦 正寛 生物時計分子装置の作動原理の原子レベルでの解明に向けて
藍色細菌の生物時計分子装置は主に3つの時計タンパク質 KaiA、KaiB、KaiCから構成されている。我々はX線結晶構造解析により好熱性藍色細菌の時計分子装置の原子構造を解明し、その作動原理を解明しつつある。
後藤 節子 周産期女性のマタニテイ・ブルーズおよび産後うつ病に関する文理複合的研究
妊娠期・お産後のうつ病の発症は子どもの情緒的発達への影響が懸念されます。私たちは産褥うつ病の病態生理、成因の解明と、子どもの発達に与える影響を検討し、この時期の女性の精神的健康への支援策の確立を目指した文理複合的研究を紹介します。
笹井 理生 分子ゆらぎのつくる生命プロセス
最近、酵素反応、シグナル伝達、分子モータなど蛋白質の柔らかさを示す実験が次々に現れており、その本質をついた理論の登場が待たれている。大きなゆらぎの中で生体分子の特異性や高効率が発揮される理由、および、分子ゆらぎを積極的に利用して機能を発現する機構を考える試みを紹介する。また、細胞における遺伝子発現を定量的に測定する技術が発達した結果、遺伝子発現はゆらぎの大きい、確率的なプロセスであることが明らかにされた。大きなゆらぎの中で遺伝子スイッチとそのネットワークが安定に発現する機構を明らかにすることは理論にとって重要なチャレンジである。ゆらぎの中で働く生体分子システムを考えて確率的細胞生物学(Stochastic Cell Biology)への道を探りたい。
森 郁恵 行動を支配する神経回路のいとなみを知る
入力された外界からの刺激を、情報処理し、行動として出力するという一連のプロセスが、どのように行われているかを明らかにすることは、現代神経科学の大きな課題である。動物の神経系は、多数の神経細胞がシナプス結合でつながり、神経回路を形成することで成り立っている。線虫C. elegansは、温度を記憶し餌条件と関連させて学習する。この温度学習のコアとなる神経回路をモデルシステムとして、記憶や学習すること、また、 判断をくだすということは、どういう生物学的基盤の上に成り立っているのか。この問題について実験科学として研究することの意義について考える。また、ロボット線虫は作れるかについても議論したい。
芝井 広
世界初の遠赤外線干渉計望遠鏡の開発
遠赤外線干渉計FITE(Far-Infrared Interferometric Telescope Experiment)計画について紹介する。これは1秒角程度の高解像力を目指す宇宙観測用の遠赤外線干渉計望遠鏡であり、科学観測用大気球に搭載して高空から宇宙観測に用いる。2006年にブラジル気球基地からの初フライトを計画している。
 恒星誕生直前の原始星の温度構造、原始惑星系円盤の温度構造、および銀河核スターバースト周辺の温度構造を解明するためには、熱放射のピークが来る遠赤外帯においての高解像直接的観測はきわめて重要である。そこで、遠赤外帯において初めて基線長20mの干渉計を開発し観測に用いる。遠赤外線に対しては地球大気が全く不透明なので、科学観測用大気球を用いて干渉計を上空に浮遊させる。将来の大規模宇宙赤外線干渉計プロジェクトへの応用・発展が期待される。
八島 栄次
超構造らせん
核酸やタンパク質などの生体高分子は、らせん構造に代表される特異な構造を形成し、時空間特異的に自己組織化することにより、生命維持に不可欠の高度な機能を発現している。これら生体高分子の最大の特徴は、「分子認識能」と「触媒作用」、「情報機能(修復、複製、増殖能)」にあると言える。生体の仕組みに学び、その高度の機能を取り入れることによって新たな材料を創製することも可能となる。本講演では、独自の原理をもとに構築したらせん構造を基本骨格として、様々の化合物をらせん状に配列・制御する手法について,また,二重らせん分子やらせん集合体に至るまでの各階層を構築しうる方法論の開発や顕微鏡を用いたらせん高分子の直接観察等について,最近の研究例を中心に紹介する。 
鮎京 正訓
アジア諸国に対する法整備支援
日本政府は、政府開発援助の一環として、アジア諸国に対する法整備支援を、1996年以降開始し今日に至っています。法整備支援は、途上国に対する「知的支援」と位置づけられ、立法支援、法曹養成支援、法学教育支援から成り立っています。そして、このような課題に対応するため、文部科学省は、法整備支援事業および法整備支援研究を行うナショナルセンターとして名古屋大学法政国際教育協力研究センターを設立しました。報告では、本センターがこれまで法整備支援に取り組んできた、ベトナム、カンボジア、ラオス、ウズベキスタン、モンゴルなどを事例としてとりあげ、法整備支援の理念とは何か、という問題を中心にして、これまでの軌跡および今後の課題についてお話します。
松原 隆彦
宇宙の構造から 宇宙の起源を探る
宇宙の大規模な構造の観測は現在驚くべき進展を見せています。この結果我々の宇宙が、未知の物質であるダークマターや未知のエネルギーであるダークエネルギーに支配されていることがほぼ決定的になってきました。最近ではこれら宇宙のエギゾチックな成分量が十分定量的なレベルで明らかにされ、宇宙論のみならず素粒子論や相対論など基礎物理学の各分野にインパクトをもたらしています。本セミナーでは関連する我々の研究をまじえて、これら最近の宇宙論の進展を紹介し、近い将来どのような進展が期待されるかを展望します。史上最大の大規模構造探査プロジェクトであり、私も参加しているスローン・ディジタル・スカイ・サーベイが現在進行中ですが、これにより明らかになりつつある宇宙の姿も紹介します。
 
武田 邦彦
循環と淘汰から見た将来の技術大系
技術の進歩は常に警戒感をもって社会に受け入れられてきた。畑を耕すのに鉄製の鋤は良いものではあったが、鉄技術の高いヒッタイトは優れた武器でエジプトを襲った。技術が社会にとって両刃の剣であることは、産業革命、原子力、そして大量生産でも繰り返された。そして現在は技術をこれ以上進展させることが文明を破壊すると結論されている。物質循環は化学反応の方向に沿い、自然淘汰であっても人工淘汰でも淘汰は強いものを作り出す方向性のある変化である。今まで変化そのものが終焉を目指す方向性を持っていることを覆すことができず、技術はその時間を早める役割を果たしてきた。講演では生物と無生物の間に本質的な差が見られないことを実験も交えて整理し、知の働きが循環と淘汰の原理を覆すことが可能であるか、そして学術がそれを覆すなら技術大系はどうあらねばならないかを論じる。
福田 敏男
マイクロ・ナノ・ロボットマニピュレーションの拓く世界
ロボット技術をナノテクノロジーの世界に応用して、ナノロボット・マニュピレータを電子顕微鏡内に作り、ナノ計測、ナノ加工、ナノアセンブリーをするナノラボラトリーを構築する。このナノロボット・マニピュレータは4ユニットからなる16自由度を有するシステムで、粗と精な動作をするように設計されている。このロボットシステムを自由自在に操ることにより、カボーンナノチューブ(CNT)をナノテクノロジーの素材として用いて、ナノ・センサやナノ・アクチュエータ、ナノ3次元構造物を作ることができる。ナノセンサーとしては近接センサーや流量センサー等、多層NTCを用いることによりテレスコピックなナノ・アクチュエータ等を作ることができ、これから各種ナノデバイスができる。
岡田 猛
芸術プロセスの理解に向けて
アーティストはどのようなことを考えながら芸術作品を作っていくのだろうか?芸術創作のプロセスにはどのような要因が関わっているのだろうか?近年、科学的発見や発明などの創造的認知活動に関する研究が脚光を浴びつつある。しかし、アーティストの創作プロセスを対象とした研究は、まだほとんど行われていない。私の研究室では、ここ数年来、フィールドワーク、インタビュー、心理学的実験などの手法を中心に、芸術創作プロセスの解明を目指して研究を進めてきた。今回の講演では、このテーマに関する最近の研究成果を発表する予定である。
関 一彦
有機物質で電気や光をあやつる
われわれの身の回りには、テレビ、パソコン、携帯電話など、電子素子やディスプレ ー(表示素子)を使った機器がたくさんある。最近、これらの素子の中心材料に、柔軟で軽い有機物質が急速に使われるようになってきた。液晶ディスプレーにはじまり、有機EL素子(イーエルと読む)など、新しいものの研究・開発も盛んである。これらの多くは、大変薄い有機物質の膜を何層も重ねて電極の間に挟んでできている。各層の厚さは1ミリの千分の1から一万分の一程度しかない。この超薄膜を舞台に電子や光が活躍している。これらの電子素子・表示素子の仕組みやはたらき方には、基礎科学としても面白い謎が多く含まれていて、謎を解くことが素子の性能向上にもつながる。講演では、これらのデバイスでどういうふうに電気の流れを制御したり、画像を表示できるのかといった「しくみ」や、これらの素子に関連して我々のグループが行っている研究を紹介する。
新美 智秀
高クヌッセン数流れのミクロスケール・アナリシス
気体流の希薄度を表わす重要な無次元パラメータとしてクヌッセン数(Kn : Knudsen number)があり、平均自由行程λと流れ場の代表長さLを用いてKn =λ/Lで定義される。一般にKnが0.01を超えるような高クヌッセン数流れでは、気体流は連続体として近似できず、原子・分子の流れとして扱わなくてはならない。高真空を利用する半導体薄膜製造などの平均自由行程が大きい場での製品開発はもちろんのこと、大気圧下でも代表長さが数十nm程度になるナノ・マイクロデバイス近傍の流れ場も高クヌッセン数流れとなり、前者の場合には分子間衝突数が極端に減少して気体流中に強い非平衡現象が発現し、後者の場合には気体分子は他の気体分子よりも固体表面と数多く衝突するため、流れ場が固体表面の影響を強く受けることになる。このような高クヌッセン数流れをミクロスケールで解析するための光学的解析手法と最新の実験結果を紹介する。
松本 邦弘
生命現象を制御する分子シグナルネットワーク
細胞増殖、発生、生体防御、老化などのさまざまな生命現象は、刺激(シグナル)を受容し、それに対して反応する過程の積み重ねから生じる。この過程は、シグナル伝達因子と呼ばれる多様な役者達によって厳密に制御されている。このシグナルを細胞内で伝達し様々な細胞応答を引き起こすシグナル伝達機構の解析は、生命現象のしくみを解明するうえで重要な研究課題である。近年の研究成果の蓄積によって、生命現象を制御する細胞内シグナル伝達経路が酵母から線虫、ショウジョウバエ、脊椎動物に至るまで高度に保存されたシグナル伝達ネットワークとなっていることが明らかになってきた。我々のグループでは、酵母、線虫、ショウジョウバエなどのモデル動物を用い、シグナル伝達系がどのようなメカニズムで生命現象を制御しているかを明らかにすることを目指して研究を進めている。本セミナーでは、神経系と生体防御を制御するシグナル伝達経路に関する最近の話題を紹介する。
遠藤 斗志也
タンパク質の一生を支える細胞内システム
これまでは、タンパク質は合成されれば自発的にフォ−ルディングしてネイティヴな構造を獲得して機能を果たすという、自立した存在と考えられてきた。しかし近年、細胞内のタンパク質は多くの場合むしろ従属的な存在であり、細胞内に周到に用意されたシステムにより、その動態を監視され、助けられ、制御されてはじめて正しく機能を果たせる、ということが明らかになってきた。たとえば、細胞内で 合成されたタンパク質は、細胞内の機能すべき区画に移動し、正しい立体構造・複合体を形成してはじめて機能を果たすことができる。細胞内には新規に合成された。タンパク質のこのようにタンパク質の一生を正しく監視し、制御するシステムが備わっている。酵母を真核生物の細胞モデルとして、タンパク質の一生を支える細胞内システムに関する最新の研究成果を紹介する。
貝淵 弘三
いかにして動脈硬化症が起こるのか
動脈硬化発生の初期には泡沫細胞の血管内皮下の局所的な集積が認められる。この泡沫細胞の起源は血中のモノサイトが内皮細胞間から侵入してきたマクロファージや脱分化して遊走してきた平滑筋細胞と考えられている。血管壁内に侵入してきたマクロファージはコレステロールを蓄積し、脂肪線条と呼ばれる動脈硬化の初期病変を形成する。この動脈硬化症の発生をいかに抑制するかが現代医学の大きな課題になっている。
安成 哲三
変化しつつある地球の気候と水循環
1980年代以降、地球の気温は、全地球的に急激に上昇しつつある。この「地球温暖化」は人間活動に伴う炭酸ガスなどの「温室効果ガス」の増加によるものではないかという認識が広がっている。しかし、この議論には、まだ大きな不確定要素も含まれている。太陽活動の影響や気候システムそのものに内在するメカニズムによる自然変動の寄与がどの程度あるのか、過去の地球気候にも、同程度あるいはそれ以上の温暖化(あるいは寒冷化)もあり、それらの変動のメカニズムとどう異なるのかなど、未解明な部分も大きい。特に、気候システムにおける水循環過程は、変動のしくみを決める重要な部分であり、かつ、人類を含む生命圏にも大きな影響を与える過程でもある。名大COEプログラム 「太陽・地球・生命圏相互作用系の変動学」では、これらのプロセスも含めた過去100万年ー1000万年前から、現在に至る地球の気候環境変化を解明するなかで、当面する「地球温暖化」問題の理解もめざしている。
宇澤 達
幾何と数え上げ
この講演では、数えることを通して見える幾何がメインテーマである。原型となるのは、オイラーの多面体公式である。すなわち、凸多面体に対して、つねに頂点の数 − 辺の数 + 面の数 = 2 という等式が成立するのである。この公式と、n次代数方程式が常にn個根をもっている、という事実が現在の数学とくに幾何においてどのように 一般化され威力を発揮しているかを解説したい。意味のある数え方の探求が代数的位相幾何学という分野を生み出し、また数え上げる対象全体をひとまとまりに考えることにより、図形の退化、そしてコンパクト化といった概念が生みだされ、現在さまざまな分野で役に立っている。